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書きたい話と書ける話はどうやら違うようだ!

※更新できる環境にないのでひとまずメモで。
  ネットがちゃんと繋がったら作品ページに移します。
  とってもゲームがしたいです。


七瀬視点の葉佩と皆守。友情かもしれません



フィクションの世界


無心でシェイクスピアの名作『ヴェニスの商人』の背表紙補修をしていたら、五限がとっくにはじまっている時刻になっていた。七瀬はたまに、この類のうっかりを起こしてしまう。
数ページ読んでやめるつもりだった本をついつい朝までかけて読破してしまうことも、物語の中に入り込みすぎて、陰鬱な展開に気持ちが暗く引きずられてしまうことも多々ある。仮想世界と現実の境目が人よりも曖昧な人種であった。
七瀬は真面目で授業態度も出席日数も申し分なかったが、この時間はさぼってしまうことに決めた。まだ五限が始まったばかりであれば教室に急いだかもしれない。しかし、もうあと十分で終わってしまう授業へ急ぐ理由はないように思う。未補修でこの場に残される書籍を不憫に思うほど強くは、意味が無いように思う。
 

司書室で書庫に囲まれているとき、七瀬は孤独じゃなくて、幸せを感じる。
他人の人生はフィクションだ。と言いきった作家がいる。彼女は、その考えを支持していた。だから――だからまったくではなくても、人と深くかかわるのも奥深い書物と繋がるのも、突き詰めれば一緒なんじゃないかとさえ思っている。それはけして他人を軽んじているわけでなく、人の生に意味があるように、書物の存在にも敬意を払うべきだと思っているのだ。
麻糸でひとつおきに穴を拾って縫い、端で縛る。
古い紙特有の黴臭さの中で、静かに黙々と七瀬は製本作業を続ける。この時間がずっと続けばいい。そう思っているから、きっと時を忘れるのだ。七瀬は書物と密に関わることができる時間を宝物にしている。
と、いきなりガラリと扉が開け放たれ、七瀬は飛び上がらんばかりに驚いた。
鍵の管理を生徒の自治に委ねつつも、貸し出しには非常に厳しいのがこの学園の校則だ。司書室の鍵を持っているのは自分だけなはずなのだ。「誰、誰なの?」と七瀬の頭の中は疑問符でいっぱいになる。
 

「なんでお前が司書室に入りたがるんだよ?皆守。七瀬みたいに本が好きって柄でもないだろ」
 

七瀬は、自分の名前が出たことにますます身体を強張らせる。
声の主は中途半端な時期に転校してきた葉佩で、語り掛けによると連れは皆守であるようだった。
七瀬は本来ならば、葉佩のような見た目で女子に騒がれているタイプは苦手なのだが、彼は例外的に話しかけたくなる存在であった。古代遺跡やオーパーツに造詣が深い高校生はあまりいない。しかも、葉佩にはそれを書物から得ている節がない。謎の多い不思議な人物で、どうしたって興味を抱かされる。
 

「保健室をカウンセラーに追い出された今、次はここしかないだろう。最近屋上は寒い」
「皆守は寒がりな上に冷え性だもんな」
「お前は園児並みに体温が高いがな」
 

二人はさぼり場所を探してここに来たようだった。鍵はどうやって開けたのだろう、と七瀬は怪訝に思う。考えても答えは出なかった。
衣擦れの音や、埃を払う音。七瀬は緊張状態が解けず、耳は絶えず小さな音を拾い続ける。どうやら、二人して本棚を背に座ったようだった。ちらりと首を動かさずに目線だけで気配のほうを見やる。整列している本の隙間から、仲良く並んだ後頭部が見えた。自分との距離は本棚二つ分、しかも二人はこちらに背を向けて座っている。見つかる可能性は低い。七瀬は別に隠れる必要もないのに安堵していた。
 

「ほらほら、俺にくっついていいんだぜ?女の子みたいに冷え症な皆守くん」
「黙れ。って、離れろよくっつくな。鍵開けた時点でお前の役目は終わってんだ。教室戻れ」
「そんなカラダ目的みたいなこと言うなよ。……まあ、俺はお前と違って真面目に熱血に青春謳歌したいタイプだけどさあ、授業受けるのも皆守と一緒じゃなきゃ意味ないし」
「どんな意味があるってんだよ、馬鹿」
「ああ間違えた。意味じゃなくて、意義かな?日本語って難しいよな」
「知らん」
 

離れている七瀬が聞いても判るくらいに皆守の声は眠気を帯びていて、口を開くたびに適当になっている。反対に、葉佩の声音は生き生きとしていく。
 

「皆守といるところに価値が生まれるっていうか、なんていうか。一緒にいなきゃだめっていうか……例えば授業中、暇で暇でしょうがなくても、皆守が頬杖ついてる状態からがくんって頭が前のめりになった瞬間見ただけで幸せな気持ちになるっていうか。授業に出てよかったなあって思うんだよ」
「……ああ、そうかそうか」
「最近じゃあ、次の授業はかったるいから屋上行く、とかマミーズ行くとか俺に言ってくるようになったじゃんか。あれも付いてきて欲しいんだろうなあとか思うと、懐かない猫が俺の膝の上にだけは乗ってくれるみたいな嬉しさがあるってつうか……」
 

皆守の相槌がなくなっても、葉佩は口を閉じなかった。
どうせあちらからは見えないのだしと、七瀬は今度は堂々と二人の後ろ姿を見つめる。癖っ毛の髪が葉佩の肩にもたれていた。きっと眠りについたのだろう。他人の横で眠ったことのない七瀬は、その体勢で眠る心境を知りたくなった。
 

「俺は高校に通わずにトレジャーハンターになったことを後悔してないよ。でも、やっぱりどこか憧れていたんだろうな。今すっごい楽しい。なんでもないホームルームとか、体育のリレーとか、体育祭の準備とか。他クラスの奴の噂とか、下級生に先輩って呼ばれるのとか。やっちーと夜にコートでテニスのラリーするのも、お前とこうしてさぼってるのだって楽しい」
 

皆守からは規則正しいゆっくりとした寝息しか返って来ないにも関わらず、延々と葉佩はしゃべり続けている。声量を落としてはいるが、滑舌がよいためはっきりと聞き取れていしまう。七瀬は盗み聞いている疾しさを覚えた。が、耳を澄ますのをやめられなかった。筆力のある作家の物語を読むのを途中で止められないように、葉佩が何を言うのか最後まで聞いていたかった。
 

「もうさ、最近ずっと、皆守はあのつまらなさそうな顔をしなくなっただろ。俺はそれがすっげえ嬉しい。もういいやって、諦めるのも冷めるのもホントのホントの爺さんになってからでいいだろ。俺は卒業までここには入れないだろうけど。ずっとこれが続かないってわかってるけど。……いや、わかってるからかな。
 ―――皆守と仲良くなれてよかったよ」
 

一際優しい声で葉佩がつぶやく。七瀬はなぜか止めていた呼吸を思い出し、大きく息を吸った。そして吐き出した後、じわりと暖かくなった胸にあった思いは、自分はそう遠くない日、というよりも数日の内に葉佩にここの鍵を渡すだろうということ。そして、恥ずかしくてあまり人に配ることをしなかったプリクラもあげてしまうだろうという予感だった。葉佩から教えてもらいたいことが、たった数分の間に膨れ上がってしまった。
 

ノンフィクションであるのが自分の人生だけならば。
だったら読んでいるだけじゃなく、自分だって仲間と冒険がしたい。
七瀬はじっと、自分の震える指先を見つめた。

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